ロンドンの秘められた地主たち:王室と貴族の不動産帝国

ロンドンの建築を動かす見えざる支配者たち

建築事務所に舞い込むプロジェクトは千差万別。中でも一般の方々が最も目にしやすいのは、やはりロンドン都心部に建つオフィスや商業施設です。
今日お話しするのは、これらの建物の裏にいる、驚くべき地主たちの正体。一体、ロンドン都心部の土地と建物を所有し、開発しているのは誰なのか。

20年間、ロンドンで建築に携わってきた私だからこそ知る、この街の本当の支配者たち。
彼らは誰で、どのように街を形作っているのか。ぜひ紐解いてみましょう。

  1. ロンドンの建築を動かす見えざる支配者たち
  2. 主要不動産エステート:水面下の巨大帝国
  3. リージェントストリート:都市計画の傑作
    1. 歴史的建造物の秘密:細部へのこだわり
    2. リージェントストリートの建築的挑戦:ブランドとアーキテクトの舞台裏
  4. 伝統と革新が織りなすリージェントストリート
  5. おわりに

主要不動産エステート:水面下の巨大帝国

私が仕事で直接関わったロンドンを支配する貴族、王族所有の不動産エステートは4つ。土地や建物を100年、1000年単位でリースしたり、所有する土地を開発などを行って収益を上げています。
それぞれ独自の魅力と戦略を持っていて、興味深いです。


Crown Estateは年間約3億ポンドの収益を上げ、その収益の25%が王室、75%が国庫に入ります。リージェントストリートを中心とした彼らの不動産戦略は、まさに都市計画の芸術と言えるでしょう。

現在の当主、ヒュー・グローブナー卿が率いるGrosvenor Estateは、ロンドンで最も裕福な不動産帝国の一つです。わずか25歳で公爵位を継承した彼は、ベルグレービアやメイフェアといった最高級地域を含む広大な不動産を管理しています。推定純資産は実に100億ポンド、約2兆円にも達します。
グローブナー卿は、ジョージ王子のゴッドファーザーとしても知られていますね。

Bedford Estateは、ブルームズベリー地区を中心に、学術・文化機関との長期契約に特化した戦略的な不動産運用を行っています。Great Portland Estateは不動産開発に特化し、ロンドン中心部のオフィスや商業施設を中心に事業を展開しています。

リージェントストリート:都市計画の傑作

Crown Estateによるリージェントストリートの管理は、単なる不動産管理を超えた都市計画の芸術と呼べるでしょう。「旗艦店」のみを許可し、バーバリーに始まる高級ブランドに特化したキュレーションは、かつてのマクドナルドの存在から、現在の世界最高峰のブランドショーケースへと進化しました。

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歴史的建造物の秘密:細部へのこだわり

リージェントストリートの建物には、一見しただけでは気づかない驚くべき規制と伝統があります。これらの建物は全て、歴史的重要性から「Listed Building」として指定されており、Grade 1やGrade 2の厳格な保護下にあります。

建築的な特徴は驚くほど細部にまでこだわっています。同じ種類の石で統一されたクラディング(外装)に加え、ショップフロントやドアにも規制があります。最も特徴的なのは、ブロンズの緑青仕上げ(英語では「Patinated」と呼ばれる)の装飾です。

各建物の装飾的な細部は微妙に異なりますが、ブロンズという素材は一貫して使用されています。興味深いことに、かつてクオリティ(クラフトマンシップ)が一時期低下した時期があったにもかかわらず、Crown Estateは現在、伝統的な職人技への回帰を果たしています。

これは単なる懐古趣味などではなく、リージェントストリートのブランド強化戦略の一環なのです。
専門の職人たちが、予算の許す限り、伝統的な技法を蘇らせています。時には高額な費用がかかるため、すべての建物で同じレベルの職人技を採用できるわけではありませんが、全体的な美的統一性の維持に尽力しているのです。

この徹底的なこだわりこそが、リージェントストリートを単なる通りから、世界に誇れる建築的・商業的ランドマークへと昇華させているのです。

リージェントストリートの建築的挑戦:ブランドとアーキテクトの舞台裏

リージェントストリートでのブランド展開には、常に建築的な工夫と挑戦が伴います。
店舗の拡張や改修には、私たちアーキテクトの専門的な知識が不可欠となります。壁を抜き、ショップフロントを再設計する際は、厳格な「プランニング・アプリケーション」という許可申請プロセスを経る必要があるためです。

リージェントストリートに出店する高級ブランドの多くは、自社内に専属のインテリアデザイナーを抱えていルことが殆どで、店舗の内装デザインは基本的に自社で手がけることが一般的です。
私のような現地のアーキテクトは、必要な法的手続きを完了させ、構造の変更のような工事が必要なら、それも行ってから、出来上がったスケルトンの状態のスペースを、ブランド側に受け渡します。

私が昔、取り組んだプロジェクトをチラッとご紹介。
図面などは、プランニング・アプリケーションに出した時点で、誰でも閲覧叶の、パブリックソースになります。クライアントは、当然Crown Estateです。

住所は伏せますが、こちらが外観の写真です。小さめな二つの店舗スペースを、壁を抜いて、ひとつの大きい店舗スペースにしました。

全体的なElevation (立面図)

詳細立面図に、断面図。
伝統的なマテリアル(ブロンズ)の装飾をかなりシンプルに捉え直して、伝統とかけ離れすぎない程度に現代化させております。まあ、私リージェントストリートのプロジェクトは初めてで、右も左もわからずでしたので、偉そうに言ってますが、上司にかなり助けてもらって出来ました。。。

この仕事をしている際に、興味深いエピソードを小耳に挟みました。
とあるアメリカブランドのお抱えインテリアデザイナー(多分アメリカ人)が、プランニング・アプリケーションの手続きを無視して勝手に外観を変更してしまい、ちょっとした騒動に発展したというケースがあったそうです。プランニング・アプリケーションは法的な力を持ちますので、当然それは大問題です。

これらの細心の注意と規制こそが、リージェントストリートの歴史的な魅力と現代的な洗練さを同時に維持する秘密でもあります。

伝統と革新が織りなすリージェントストリート

長年、ロンドンの建築に携わってきた私の目には、この街の真の魅力は常に「変化しながらも、変わらないこと」に集約されます。


Crown Estateをはじめとするロンドンの不動産帝国は、単なる土地や建物の所有者ではありません。彼らは都市の物語を紡ぐ芸術家であり、歴史の守護者なのです。
リージェントストリートは、伝統的な職人技と現代的な感性が見事に調和する、生きた建築博物館とも言えるでしょう。

次にロンドンを訪れる時は、街の表面だけを見るのではなく、その深部に息づく物語に耳を傾けてください。そこには、静かに、力強く街を育む、代々の継承者たちの息吹が宿っているのです。

おわりに

あなたが何気なく歩いているその通りや、訪れるオフィス、通う学校の土地が、実は何世紀にもわたる歴史を持つ名門貴族の所有地かもしれません。
そう想像すると、ロンドンの街並みは、静かに眠る物語と伝統に満ちた、より深遠な景観として姿を変えるのではないでしょうか。

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