キングスクロスの変貌は偶然ではありません。
約20年にわたるマスタープランと、歴史を尊重しながら未来を描く都市デザインの積み重ねが、この場所を都市再生の成功例へと押し上げました。
この記事では、キングスクロス再開発の全体像とマスタープランの思想を軸に、街がどう設計され、どこに工夫が仕込まれているのかを分かりやすく整理します。
荒地からクリエイティブ・ハブへ。どん底から生まれ変わったキングスクロス。
かつて工場跡地と倉庫が並び、“ロンドンの空白地帯”と呼ばれてきたこのエリアは、いまや世界中から注目される場所になりました。
私はロンドンで建築の実務に携わりながら、地元住民としても日々この街を歩いています。駅前の人の流れ、穀物倉庫の陰影、晴れた日の運河沿いの景色——そのすべてが、再開発が街にもたらした変化を肌で伝えてくれます。
King’s Cross Series(キングスクロス再開発シリーズ)
ロンドン在住25年の建築家が、キングスクロスを「歴史×再開発×建築」で読み解きます。
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本記事では、キングスクロス再開発を読み解くために、
① 歴史的背景、② マスタープランの考え方、③ 建築と都市空間の具体的な工夫、という流れで整理していきます。
- キングスクロスの劇的な変貌はどこから始まったのか
- 二つの顔を持つ街
- 歴史との対話
- 数字で見る再開発の壮大さ
- 建築とアイデンティティ:ヘザウィックの存在感
- 歴史と未来が交差するキングスクロス
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マスタープラン。画像はこちらから
キングスクロスの劇的な変貌はどこから始まったのか
かつては荒廃した工場地帯だったキングスクロス。今では、ロンドンでもっとも活気あるエリアの一つに生まれ変わりました。
この驚くべき変身の裏には、20年にも及ぶ周到な計画がありました。本記事では、この壮大な都市再開発の全体像とその設計思想、そして建築の見どころをわかりやすく解説します。
マスタープランを担当したのは、再開発マスタープランで有名なロンドンの建築事務所、Allies and Morrison。
他にも、ロンドンオリンピック後のオリンピックサイトの再開発や、カナリーウォーフ東側の再開発など、ロンドン内の主要な再開発のマスタープランを多く受け持っています。
二つの顔を持つ街
キングスクロス再開発エリアは、中央を流れるリージェント運河によって南北に分かれ、それぞれに異なる街の表情を持っています。
- 南側:キングスクロス駅とセントパンクラス駅という2つの駅舎が生み出す、幾何学的で都市的な空間。パンクラススクエアを中心に高層オフィスが建ち並びます。
- 北側:かつての穀物倉庫を活かしたグラナリースクエアを中心に、歴史的建造物と多用途の新しい建築が融合する落ち着いた景観が広がります。
この南北の対比こそが、キングスクロス再開発の最大の魅力の一つです。

運河の北側、右正面の大きめな建物が、穀物倉庫(グラナリー)、現在のCentral Saint Martins大学、左奥にCoal Drops Yard。画像はこちらから
歴史との対話
キングスクロスの再開発では、この場所の「記憶」を大切にしました。
ガスホルダー:19世紀に建設されたガスホルダーは、美しく修復され、円形の住宅や公共広場に再生。過去の産業遺産を現代の暮らしに結びつける象徴となっています。

Camley Street自然保護区:かつて産業用地だったこのエリアは、1980年代に自然保護区へと生まれ変わり、再開発の中でも保全されました。現在ではリージェント運河沿いの緑地とつながり、都市の中の貴重な自然空間となっています。
市民の憩いの場、近隣の学校の自然体験の場として活用されています。


Camley Street自然保護区。都会のど真ん中にも、自然の生態系が息づいているそう。画像はこちら
数字で見る再開発の壮大さ
この再開発プロジェクトの規模を表す数字を見てみましょう:
- 新しい建物:50棟
- 保存・修復された歴史的建造物:30棟
- 新しい通り:20本
- 新しい公共空間:10カ所(うち5つはロンドン・スクエア)
- 新しいオフィススペース:280,000平方メートル
- 商業施設(店舗、カフェ、レストラン、レジャー施設):47,000平方メートル
- 新規住宅:約2,000戸
新旧が溶け合う街づくり
都市における再開発は、時に「異物感」を生みがちです。キングスクロスではそれを回避するため、次のような設計戦略が取られました。
- 高さの段階的変化:外縁部は周囲に合わせ低層、中心部に向かうほど高層化。
- 素材の連続性:周辺のレンガや石材を活用し、新旧がなじむデザインに。
- 既存道路との接続:従来の道を活かし、新しい通りとシームレスにつなげる。
- 緑地のネットワーク化:リージェント運河沿いの自然を取り込み、周囲の緑と一体化。
こうした配慮により、街は「開発された場所」ではなく「もともとそこにあったかのような場所」として再認識されています。
建築とアイデンティティ:ヘザウィックの存在感
キングスクロス再開発では、歴史を大切にしながらも現代的な建築との調和を図る街づくりが進められました。
その象徴的なプロジェクトの一つが、トーマス・ヘザウィックが手がけたコール・ドロップス・ヤード(Coal Drops Yard) です。かつての石炭倉庫を大胆に再生し、商業と文化が融合する空間へと生まれ変わらせました。

さらに、グーグルの新本社 や 機能的でデザイン性に富んだキオスク(Kiosks) なども、キングスクロスの未来を形作る重要な要素となっています。
ヘザウィックによる新たなランドマーク
ヘザウィック・スタジオは、キングスクロスの中心部に位置する コール・ドロップス・ヤード(Coal Drops Yard) の再生を手掛けました。かつて石炭の積み下ろしに使われた19世紀の倉庫群を、魅力的な商業施設へと生まれ変わらせたのです。
- アイコニックな屋根デザイン
ヘザウィックは、もともと独立していた2棟の倉庫の屋根を「持ち上げ、つなげる」ような形で再構築。この緩やかにカーブを描く屋根は、建物同士を結びつけるだけでなく、訪れる人々を引き込むダイナミックな空間を生み出しました。 - 歴史とモダンデザインの融合
倉庫のレンガ造りの外壁をそのままに、現代的なガラスファサードを取り入れることで、新旧が調和する独特の景観を実現。かつての産業遺産を尊重しながら、商業施設としての新たな価値を与えました。 - 人々を惹きつける都市空間
コール・ドロップス・ヤードは、単なるショッピングモールではなく、カフェやギャラリー、小規模なクリエイティブスペースが集まり、都市の「居場所」として機能しています。
グーグルの、SKYscraperならぬ、LANDscraper
キングスクロスの新たなビジネス拠点として、大きな話題を集めているのが グーグルの新本社 です。
- 「Landscraper」と称されたこの建物は、長さ300メートルに及ぶ低層で横に広がるデザインが特徴で、Skyscraper(超高層ビル)」が「空を削るもの」という意味であるのに対し、「Landscraper」は「地面を削るもの」を指す造語です。
- 設計は Bjarke Ingels Group(BIG)とHeatherwick Studio が共同で手掛け、環境に配慮したオフィス空間を実現。
- キングスクロス駅のすぐ近くに位置し、再開発エリアのランドマークの一つとして、今後の発展を象徴する存在となっています。
このプロジェクトについては、今後、別の記事で詳しく紹介する予定です。
街に溶け込む「キオスク」
キングスクロスの再開発では、大規模な建築だけでなく、日常の中に馴染む小さな都市要素 も重要視されています。その代表例が ヘザウィック・スタジオがデザインしたキオスク(Kiosks) です。
- 折りたたみ式のデザイン
ヘザウィックは、閉店時にはシンプルな幾何学的オブジェのように見え、営業時には開くことで機能的な店舗へと変化する 折りたたみ式のキオスク をデザイン。 - 景観と一体化する都市家具
大型開発の中でも、小さな要素が街の魅力を形成することを意識し、単なる屋台ではなく、都市空間に溶け込むデザイン が採用されています。 - 多用途な活用
これらのキオスクは、カフェやポップアップショップ、情報提供スペースとして活用されており、都市の中で流動的に機能を変えながら、人々の生活を豊かにしています。

キオスク。画像はこちらから
歴史と未来が交差するキングスクロス
キングスクロスの再開発は、産業遺産の保存と革新的な都市デザインの融合 によって実現されました。
かつての工場地帯は、綿密なマスタープランのもとで再生され、文化・商業・ビジネスが共存する新たな都市空間 へと生まれ変わりました。
- 産業遺産の再生:コール・ドロップス・ヤードでは、19世紀の石炭倉庫が商業施設としてよみがえり、新旧が融合した独特の景観を生み出しました。
- 教育と文化の拠点:かつての穀物倉庫を改修したグラナリー・スクエア(Granary Square) では、Central Saint Martins(セントラル・セント・マーチンズ) が新たな拠点を構え、世界的な芸術大学として街の文化的な魅力を高めています。
- 現代建築の導入:グーグル本社は、従来の超高層ビルとは異なり、「地を這うように広がる超大型オフィス」としてデザインされ、新たな働き方を支える環境を提供します。
- 都市空間の工夫:リージェント運河やCamley Street自然保護区と緑地をつなげることで、都市と自然が共存する環境が整備されました。
- 人々の交流を生むデザイン:ヘザウィックによるキオスクのように、細部にまで「人が集まり、つながる場」を意識した設計が施されています。
歴史の「記憶」を大切にしながらも、未来へと開かれた都市空間として進化を続けるキングスクロス。この再開発は、ロンドンの都市デザインの可能性を示す象徴的なプロジェクト であり、今後も世界中の都市計画に影響を与えていくことでしょう。
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