モダニズムと知識人たちの暮らした集合住宅 〜 Isokonビルを歩く
ハムステッドの高台に、まるで海辺に迷い込んだような建物があります。
それは「Isokon(アイソコン)」と呼ばれる、1930年代に建てられた真っ白な集合住宅。
初めてこの建物を見たとき、古いはずなのに、昔想像したような、近未来的なイメージがピッタリな建物でした。

- モダニズムと知識人たちの暮らした集合住宅 〜 Isokonビルを歩く
- 曲線のフォルムと白い外壁
- インテリアに宿る思想:ミニマルで機能的な「住まいの機械」
- モダニズムは家具にも宿る:ブロイヤーとIsokonの椅子
- アガサ・クリスティとスパイが住んでいた?
- ハムステッドという選択
- アガサ・クリスティの部屋
- 一度忘れられ、そして蘇った
- 現代のミニマリズムとの接点
- 見に行ってみたい方へ
曲線のフォルムと白い外壁
Isokonビルは、1934年に完成したモダニズム建築の集合住宅。正式名称は「Lawn Road Flats」。
建築を手がけたのはウェルズ・コーツ(Wells Coates)というカナダ生まれの建築家で、鉄筋コンクリートを用いた当時としてはとても珍しい構造でした。
機能性と合理性を追求したその姿は、いま見ても新しさすら感じます。
真っ白な外壁に、丸みを帯びたバルコニー。全体がどこか船のような造形をしていて、のちに「白い船」と呼ばれるようになったのも納得です。
“The Isokon Building sailed into interwar London on a wave of celebrity and glamour…”
—— The Modern House
この“白い船”は、坂の途中にひっそりと停泊し、やがてロンドンの一時代を象徴する場所になっていきます。

モダニズム建築は、暮らしの実験だった
この建物を開発したのは、家具メーカー「Isokon社」を設立したジャック・プルーウェットと妻のモリー。 彼らが目指していたのは、「建物」ではなく、「新しい都市生活のかたち」。
住人たちは、共用キッチンから食事を受け取り、靴磨きやベッドメイキングのサービスを利用し、地下の「Isobar(アイソバー)」で語り合う。 それは、まるで現代のコリビングを先取りしたかのような暮らしでした。
“All you have to bring with you is a rug, an armchair and a picture.” —— 当時の広告文
(「必要なのは、ラグと肘掛け椅子、それにお気に入りの絵だけ」)
必要最小限のモノで、知的で豊かな都市生活を。 今でも新鮮に響くこの思想は、90年も前にすでに提案されていたのです。
インテリアに宿る思想:ミニマルで機能的な「住まいの機械」
Isokonビルの魅力は外観だけではありません。内部の設えにも、当時の設計思想が強く反映されています。
設計者ウェルズ・コーツと、開発者ジャック・プルーウェットが目指したのは、暮らしに必要な機能だけを、美しく・コンパクトに収める住空間。
その結果、Isokonの各部屋には、造り付けの合板家具(built-in plywood furniture) が最初から備え付けられていました。
- クローゼットも棚も、シンプルなラインで壁に馴染むようにデザインされ
- キッチンは極限までコンパクトにまとめられ
- 最小限の動作で生活が完結するような配置がなされていたのです
こうした工夫は、建築だけでなく、家具もまた“モダニズム”の一部だったことを物語っています。
“All you have to bring with you is a rug, an armchair and a picture.”
—— 当時の広告(The Modern House経由)
(「必要なのはラグ、肘掛け椅子、そしてお気に入りの一枚の絵だけ」)
つまり、住まいに必要な要素は、すでにこの建物の中に“用意されていた”ということ。
現在でも、内部を維持・公開しているIsokon Galleryでは、一部のオリジナル仕上げ(original fittings)を実際に見ることができます。


画像は、The Modern Houseから。
モダニズムは家具にも宿る:ブロイヤーとIsokonの椅子
Isokonに住んでいたマルセル・ブロイヤーは、バウハウス出身の家具デザイナーで、金属パイプ椅子の先駆者として知られています(ワシリーチェアが有名ですね)。
でも、ロンドンに移り住んだ彼は、金属ではなく合板(plywood)という素材に新たな可能性を見出しました。
1935年、ブロイヤーはIsokon社と組んで、「ロングチェア」「イソコン・ベントウッド・チェア」「ナストラノチェア」などのシリーズをデザイン。どれも合板を曲げて成形した、シンプルで機能的な椅子たちです。
現代でも復刻されており、イギリスの「Isokon Plus」ブランドとして購入可能です。
この椅子たちは、まさに「建築と同じ思想でデザインされた家具」。
空間と調和し、主張しすぎず、それでいて美しい。モダニズムが家具まで浸透していたことが伝わってきます。

ブロイヤーのIsokon Long chair 。画像はIsokon Gallery から
アガサ・クリスティとスパイが住んでいた?
Isokonには、名だたるモダニズムの巨人たちが実際に暮らしていました。
芸術とデザインのレジェンドたち:
- ウォルター・グロピウス(バウハウス創設者)
- マルセル・ブロイヤー(家具デザイナー)
- ラズロ・モホリ=ナジ(実験写真家)
そのほかにも、
- アガサ・クリスティ(ミステリー作家)
- アーノルド・ドイッチ(ソ連のスパイ)
- ニコラス・モンサラット(作家)
- マックス・マローワン(考古学者)
文化と思想と政治が同じ建物の中で交差していたなんて、ちょっと信じられない話です。
ハムステッドという選択
では、なぜこの実験的な建物が、ハムステッドに建てられたのでしょうか。
それはこの場所が、古くから“進歩的な文化人が集うエリア”だったからです。
ロンドンの中心から少し離れた高台。豊かな自然と落ち着いた住宅街。
ここには詩人のジョン・キーツも住み、オーウェルやフロイトも近くに暮らしました。
そして1930年代には、ナチスから逃れてきた亡命芸術家や知識人たちの静かな避難先にもなっていきます。
Isokonは、そうした人々を包み込むようにして建てられた建物だったのです。
アガサ・クリスティの部屋
Isokonには、推理作家アガサ・クリスティも数年間暮らしていました。
彼女が住んでいたのは夫である考古学者マックス・マローワンとともに借りた部屋で、執筆や旅の合間を過ごす“都会の隠れ家”のような場所だったようです。
インタビューで、彼女はIsokonの暮らしについてこう語っています:
“It was remarkably peaceful. No fuss, no clutter. I could write for hours.”
(「とても静かで気が散らなかった。煩わしいことも散らかったものもなく、何時間でも書き続けられた」)
ミニマルな空間が、創造力を支えていたのかもしれません。
なお、彼女はIsokon滞在中に『そして誰もいなくなった(And Then There Were None)』の構想を練っていたとも言われています(※諸説あり)。
一度忘れられ、そして蘇った
この“白い船”も、長い年月の中で錆びついていきました。
1969年に売却され、その後は放置され、荒廃していきます。
けれども、2004年にAvanti Architectsによって修復され、再び暮らしの場として蘇りました。
現在はGrade I Listed (グレード1指定建築)として保存され、1階部分は週末限定で公開される「Isokon Gallery」になっています。
建物の歴史、住人のエピソード、当時の家具や資料が展示されていて、建築好きはもちろん、文学やデザインに興味がある人にもおすすめです。
現代のミニマリズムとの接点
いま私たちは、“モノを減らして、空間にゆとりを持つ暮らし”を「ミニマリズム」として意識しています。 けれどIsokonは、90年前の時点でその思想と実践をすでに取り入れていました。
- 最小限の家具で完結する空間
- 造作収納と共用サービスで「持たない暮らし」
- 個の自由と共のつながりを両立した住まい方
こうした暮らしは、2020年代の都市型ミニマリズムと重なる部分がとても多く、あの頃のロンドンで、こんなに先を行っていた人たちがいたなんて驚きですね。
現代の私たちが再発見する価値が、そこにはまだたくさん残っている気がします。
見に行ってみたい方へ
The Isokon Gallery
📍 Lawn Road, Hampstead, London NW3 2XD
🚇 最寄駅:Belsize Park(ノーザンライン)徒歩10分
🕒 土曜・日曜のみ開館(11:00〜16:00)
💰 入場無料
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