キングスクロスの再開発で象徴的な存在となっている「ガスホルダー住宅」
キングスクロスのガスホルダー住宅は、19世紀の産業遺産を現代住宅へと再生した、キングスクロス再開発の象徴です。
本記事では、WilkinsonEyreが手がけたこの産業遺産再生を、ロンドン在住25年の建築家視点から読み解きます。
King’s Cross Series(キングスクロス再開発シリーズ)
ロンドン在住25年の建築家が、キングスクロスを「歴史×再開発×建築」で読み解きます。
▶ 現在公開中の記事
鉄道と運河の歴史 ➤ KXの原点となるインフラの物語
マスタープランの全貌 ➤ 街はどう再生されたのか?再開発の鍵とは?
R7:再開発で生まれた現代建築のアクセント ➤ 再開発後に生まれたランドマークのひとつ
本記事では、キングスクロスのガスホルダー住宅について、
① ガスホルダーの歴史、② 再生デザインの考え方、③ 都市の中での役割、という視点から読み解きます。
- ガスホルダーとは?|ロンドンの都市インフラの歴史
- ガスホルダー住宅の設計|鉄骨フレーム再生の挑戦
- 円を包む、静かなファサードの美しさ
- ロンドンの再開発は、破壊じゃなく”編集”
- キングスクロス再開発におけるガスホルダーの役
- 個人的な視点:この街で暮らすからこそ分かること
- おわりに:静かなランドマークが示すもの

画像はこちらから
気づけば、この街で25年。
ロンドンの風景を記憶でたどると、いつもどこかにガスホルダーの輪郭が浮かんできます。駅の向こう、遠くの工場跡、運河沿い。
意識しなくても視界に入ってくる、あの円形のシルエット。
派手さはないし、世間一般で思われるロンドンとは違うのに、不思議といつの間にやら”ロンドンらしさ”を象徴する存在になっていました。
そして今、キングスクロスでそのガスホルダーが住宅として生まれ変わっています。この再生こそ、ロンドンという都市の”時間の積み重ね方”を象徴していると感じています。
ガスホルダーとは?|ロンドンの都市インフラの歴史
日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、ガスホルダーは19世紀のロンドンの生活を支えた重要なインフラでした。
円形の鋳鉄フレームの内部に上下するガスタンク(ベルと呼ばれます)を収めて、街灯や暖房用のガスを貯蔵していたんです。キングスクロスにある三連のガスホルダーは1867年に建造されたもので、Grade II(英国の重要建造物指定)に指定されています。
でも、北海からのガスが普及するとその役目を終え、多くが撤去されていきました。このキングスクロスの三連ガスホルダーは、まさにその”消えかけていた記憶”を留める存在だったんです。
ガスホルダー住宅の設計|鉄骨フレーム再生の挑戦
この三つのガスホルダーを住宅として再生したのが、建築事務所WilkinsonEyreです。

画像はこちらから
まず歴史的なフレームを一度解体し、丁寧に修復した後、別の場所へ慎重に再組立てするところから始まりました。そしてその内側に、高さの異なる三つの円筒型住宅棟を配置。中心部には”仮想の第四ドラム”として、円形の中庭(ウォーターガーデン)を設けています。
これは、かつてベルが上下していた動きの記憶を、現代の空間に読み替えたコンセプトなんです。
外から見ると、19世紀の鉄骨が21世紀の住宅を包み込むように佇んでいる。その対比は驚くほど静かで、美しい。
“The design for Gasholders has been developed to create a dynamic counterpoint between new and old.”
— WilkinsonEyre
まさにその言葉通り、過去と現在が静かに響き合う建築になっています。
円形の構造で住宅を設計するのは、実は簡単なことではありません。WilkinsonEyreもこう語っています:
“Working with circular geometries creates its own challenges but it can work very well. At Gasholders London, it has resulted in really beautiful ideas.”
— WilkinsonEyre
曲線がもたらす”空間の伸縮”や”視線の回り込み”が、直線の建物では絶対に生まれない独特の体験をつくり出しているんです。
円を包む、静かなファサードの美しさ
ガスホルダーの住宅で、私がひそかに心を掴まれたのがファサードのデザインです。
曲面ガラスの外壁に、繊細なメタルシャッターが重なる層構成。光の当たり方によって、ガラスと金属がわずかに揺らぎ、まるで”呼吸するような円筒”に見える瞬間があります。

画像はこちらから
特に夕方、運河沿いから見上げたときの表情が美しい。透明感の中に落ち着いた陰影が生まれ、19世紀の鉄骨フレームと静かに会話しているように感じます。
WilkinsonEyreが語る「古いものと新しいものの動的な対比(dynamic counterpoint)」は、このファサードがもっとも象徴的に表している部分かもしれません。
ロンドンの再開発は、破壊じゃなく”編集”
キングスクロス再開発全体に通底しているのは、「壊して新しくする」のではなく、「重ねて文脈をつくる」という考え方です。
倉庫は文化施設へ。鉄道遺構は広場へ。そしてガスホルダーは住宅へ。
用途は変わっても、存在感は失われない。この姿勢について、WilkinsonEyreの言葉がよく表しています:
“We wanted to retain the presence of the structure but give it new meaning and use for the future.”
— WilkinsonEyre
古い構造をただ保存するんじゃなくて、現代の生活の中で”生かされ続ける記憶”に変換する。これこそ、ロンドンらしい”時間の編集”だと思うんです。
キングスクロス再開発におけるガスホルダーの役
キングスクロスは場所ごとに明確なキャラクターがあります。
南側:Coal Drops Yard(賑わいと商業)
中央:文化施設・大学・オフィス(新しい産業の集積)
北側:住宅ゾーン(落ち着きと日常)
ガスホルダーはこの”北側の結節点”として、運河沿いの景色を切り取る静かなランドマークになっています。再開発の中で最も”静”の役割を担い、エリア全体のフィナーレを飾る位置づけなんです。
個人的な視点:この街で暮らすからこそ分かること
私は、ロンドンが”歴史を上書きせずに、編集して重ねる都市”であるところが好きです。
ガスホルダーは、物語の終わった遺構じゃありません。今の暮らしに新しい意味をもたらしながら、かつての都市インフラの記憶を薄くにじませている。
19世紀の鋳鉄が、21世紀の生活を優しく包み込む風景。
この街に25年住んできたからこそ、その光景に深いロンドンらしさを感じるんです。

画像はこちらから
おわりに:静かなランドマークが示すもの
ガスホルダー住宅には派手さがありません。
でも、その控えめな佇まいこそが、ロンドンの再開発の本質をよく物語っているように思います。
壊さず、消さず、ただそこにあり続けることで、街の記憶は未来へと手渡されていく——。
次にキングスクロスを訪れたら、ぜひ運河沿いからこの円形のシルエットを眺めてみてください。きっと、時間が幾重にも重なり合う、ロンドンならではの風景に出会えるはずです。
次に読むなら、こちらもおすすめ
- キングスクロス再開発の全体像:マスタープランを読み解く
https://brick-by-brick.uk/2025/03/09/歴史と未来が交差するマスタープラン/ - 鉄道と運河から読み解く、キングスクロスの原点
https://brick-by-brick.uk/2025/01/03/鉄道と運河が出会う街-〜建築で読み解くキングスクロス/ - R7:再開発で生まれた現代建築のアクセント
https://brick-by-brick.uk/2025/04/13/キングスクロスの再開発でひときわ目を引くr7/
コメントを残す