シティー・オブ・ロンドンの街を歩いていると常に感じるのが、歴史と現代の絶妙なバランスです。前回お話したロンドン大火災の話題からは少し時代を飛びますが、今回は現代のロンドンで最も興味深い都市計画の一つ、Protected Vista(保護された眺望)についてお話ししたいと思います。
Protected Vista:セントポール大聖堂への眺望を守る
シティ・オブ・ロンドンは、ローマ時代から続く歴史の上に、世界有数の金融街として発展を続けています。この地域では、3世紀もの時代の異なる建築物が共存しており、歴史的景観と近代インフラの両立という、世界でも稀有な都市計画の課題に直面しています。
さて、そんな金融地区としてのシティー・オブ・ロンドンには、今では高層ビルが、所狭しと歴史的な建物の合間合間に立ち並んでいます。
皆さんは、ロンドンの高層ビル群を見て、「なぜあの場所には建てられて、この場所には建てられないんだろう?」と疑問に思ったことはありませんか?
実は、ロンドンには「Protected Vista」という、建築家泣かせの条例が存在します。
Protected Vista(保護された眺望)は、ロンドンならではの都市計画規制です。市内の特定地点(Vista Points)からセントポール大聖堂への眺望を遮ることを禁じており、現代の高層ビル開発に大きな影響を与えています。
Vista Pointsは全部で7カ所あります。
北ロンドンから:
- Alexandra Palace
- Kenwood House (Highgate)
- Parliament Hill (Hampstead Heath)
- Primrose Hill
南ロンドンから:
- Greenwich Park
- Blackheath Point
西ロンドンから:
- Richmond ParkのKing Henry VIII’s Mounds(最遠地点)

現代建築との共存:3つの事例
建築規制は、時として創造性の障壁となることがあります。しかし、ロンドンの事例は、それが逆に革新的なデザインを生み出す触媒となりうることを示しています。以下の3つの建築物は、個人的に、成功例だと思って選んでみました。
1. The Shard(ザ・シャード)

写真はこちらから。
- 設計:レンゾ・ピアノ
- 特徴:竣工時ヨーロッパ最高層
- Vista問題:Parliament Hillからの眺望で論争に
- 解決策:より細く、高さを調整後、反対の声も多い中、最終的には、ロンドンの近代化のためには致し方ないとの行政の判断が下る。
個人的な見解:Parliament Hillが散歩圏内の私としては、セントポール大聖堂の背景にシャードが聳える様子は、確かにいかがなものかと思いつつ、アーキテクトとしては、都市の発展に必要な要素だと理解しています。

ある冬の、霧の中のシャード
2. Leadenhall Building(通称:チーズグレーター)

Leadenhall BuildingのTwitterアカウントから。
- 設計:リチャード・ロジャース
- 特徴:独特の斜めのシルエット、愛称になるほどの大きな特徴になったのは、結果的に良かったのではないでしょうか。
- 問題点:Vista Pointではないけれど、Fleet Streetからの視点でセントポール大聖堂との距離感
- 解決策:建物を斜めに削ることで視覚的な干渉を軽減
建築家として裏側が見える話:この「単純な」解決策の裏には、床面積の損失という大きな課題がありました。デベロッパーとアーキテクトの間で、きっと多くの議論が交わされたことでしょう。
3. One New Change

- 設計:ジャン・ヌーベル
- 特徴:詩的な現代建築の表現
- 課題:St Paul’s GridとProtected Vistaの両方への対応
- 解決策:セントポール大聖堂に向かって開く大胆な形状
個人的評価:建物の形状は規制によって制限されましたが、空に溶け込むようなファサードは、ヌーベルならではの詩的な表現が光る素晴らしい作品だと考えています。


サイトプランを見ると、セント・ポールに向かって大胆に開いていく様がよくわかります。左がセント・ポール、右側がOne New Changeです。

ファサードが美しい。
私は、ジャン・ヌーベルのOne New Change、大好きです!
未来への展望:アーキテクトとして思うこと
Protected Vistaは、一見すると現代建築の足かせのように思えます。しかし、ロンドンの魅力は、新旧の共存であり、この制約が逆に建築家の創造性を刺激し、より洗練されたデザインソリューションを生み出すきっかけとなっているのです。
実際に、Vista Pointの一つであるParliament Hillに立ってみると、ロンドンの過去と現在、未来を感じることが出来る気がします。
丘の上には、この眺望を愛した人々を偲ぶメモリアルベンチが並んでいます。その中の一つは、アーキテクトのものでした。
その方は、もしかしたらここに座って、セントポール大聖堂のドームを見つめながら、未来のロンドンの姿に思いを巡らせていたのかもしれません。私もふと、「いつか自分のベンチもここに置いてもらおうかな」なんて考えてしまいます。
何世紀も前から変わらぬ風景を守りながら、都市は少しずつ姿を変えていく。アーキテクトとして、その営みの証人になれることは、この上ない喜びかもしれません。

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