キングスクロス再開発の文化的な核となった「Central Saint Martins(セントラル・セント・マーティンズ)」。
セントラル・セント・マーティンズのキングスクロス校舎は、19世紀の穀物倉庫を、現代の美術大学へと再生した建築です。
日本人には少し距離のある名前かもしれませんが、ジョン・ガリアーノ、アレキサンダー・マックイーン、ステラ・マッカートニー、フィービー・ファイロなどを輩出した、ファッションとアートの名門校です。
本記事では、Stanton Williamsが手がけたこの産業遺産の再生を、ロンドン在住25年の建築家視点から読み解きます。
King’s Cross Series(キングスクロス再開発シリーズ
ロンドン在住25年の建築家が、キングスクロスを「歴史×再開発×建築」で読み解きます。
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本記事では、Stanton Williamsが手がけたこの産業遺産再生を、① 穀物倉庫としての歴史、② 「内部のストリート」という設計の考え方、③ 大学施設でありながら公共空間のように使われる不思議さ、という視点から読み解きます。
グラナリー・スクエアから南側のファサードを見上げるたび、少し戸惑います。これが美術大学なのか、と。そこにあるのは、軽やかなガラスの校舎でも、派手な建物でもありません。装飾のほとんどない巨大な煉瓦の壁。表情が少ないからこそ、逆に強い建物です。
セントラル・セント・マーティンズの面白さは、古い建物の再利用に収まりません。穀物が通っていた場所が、人とアイデアが流れる場所へ読み替えられています。
1851年、ここは穀物の通り道だった
中心にあるグラナリー・ビルディングは、1851年にルイス・キュービットによって建てられました。翌年に開業するキングスクロス駅と同じ建築家です。当時のキングスクロスは、鉄道と運河が交差する物流の要所。小麦を受け取り、製パン所へ送り出す中継点でした。

グラナリースクエアからの外観。夏はいっぱいの家族連れで賑わう噴水広場です。
6階建ての頑強な煉瓦造り。南側には装飾のないファサードが立ち、両脇には長い荷捌き小屋が伸びていました。内部には今も、ターンテーブル、ホイスト、地下の馬小屋など、産業の痕跡が残っています。

穀物の流れを、人の流れへ
この建物を現在の大学へ再生したのは、Stanton Williamsです。美術館や大学施設、歴史的建物の再生を多く手がけるロンドンの建築事務所で、私の感覚では、David Chipperfieldの次の世代的な事務所で、静かな素材感と改修の丁寧さを持つ事務所です。
新しいントラル・セント・マーティンズ校舎は、2011年開校、総工費は2億ポンド。4000人の学生と1000人のスタッフが使います。
設計の核は、南北を貫く「インターナル・ストリート」、つまり内部の通りです。小麦が流れていた動きを、人とアイデアの流れに置き換える。ETFE(軽くて半透明のフッ素系樹脂フィルム)の屋根が自然光を落とし、ガラス張りの工房やブリッジが偶然の出会いを生みます。
Stanton Williamsのディレクター、Paul Williams氏はAJ誌で、
“We’re trading with space here — that’s what we’re good at.”
と語っています。改修では、すべてを実現できるわけではありません。
何を残し、何を諦め、どこに余白を与えるか。その優先順位をつける空間の足し引きこそ、彼らの仕事だったのでしょう。
元CSM学科長のJeremy Till氏も、この建物を、
“One of the readings of this building is to see it as a ‘future city’: a scheme which helps us speculate on how cities can be constructed to encourage creative thinking and experimental making.”
と読んでいます。都市の実験なのです。
諦めたものと、残したもの
Stanton Williamsは、素材や細部まで制御する「Total Architecture」を得意とする事務所です。ただ、このプロジェクトはDesign & Build(施工者が設計と施工を一括する方式)で、途中でノベーション(設計者が施工者側へ移管されること)も行われました。
天井の配管、標準規格の鋼材、ごつい手すり金物など、仕上げには現実的な判断も見えます。それでも、通りの床には130万個の50mm角木ブロックが敷かれ、ターンテーブルの痕跡は床に抽象化されました。
卓球台とポートフォリオと赤ちゃん
私はこの内部のストリートを、とても不思議な場所だと感じています。屋根があるのに、外でも中でもない。大学の私有地のようで、公共空間でもある。みんなが思い思いにこの場を使っています。

今は卓球台が置かれ、寒い日や雨の日には、学生だけでなく子ども連れや年配の人たちも遊んでいます。
ダンスの練習をしている若者で賑わうこともあります。
数年前には、歩き始めたばかりの赤ちゃんや2〜3歳の子どもたちのためのプレイグループが定期的に開かれていたこともありました。
大学の通路というより、誰かが少し立ち止まり、何かを始められる余白のように見えます。
その空気は、建物の外にも滲んでいます。朝の通勤バスで、奇抜な服装の学生や、A1サイズのポートフォリオを抱えた学生と一緒になると、CSMの学生かな、と思う。ファッション、アート、建築。何かを作る人たちの気配が、この一帯の日常に混ざっています。
Stanton Williamsはこの空間を「an arena for student life」と呼びました。学生生活の舞台、という意味です。でも時間が経った今、この通りは学生だけのものではなく、地域全体の通り道であり、屋根のある広場になっています。開校当初の「きれいすぎる」「オフィスビルみたい」という批判には、使う人たち自身が答えを出しているように見えます。
グラナリー・スクエアから、中へ
キングスクロス再開発の「最初の一棟」として、この建物は文化的な錨になりました。でも、面白さは外から眺めるだけでは分かりません。グラナリー・スクエアに立ったら、まず南ファサードを眺めてください。そして、入れるところまで中へ入り、この内部のストリートに立ってみてほしいです。外でも中でもなく、私有地のようで公共空間でもある。その不思議な感覚を経験できるはずです。
見に行ってみたい方へ
Central Saint Martins, Granary Building
📍 1 Granary Square, London N1C 4AA
🚇 最寄駅:King’s Cross St Pancras 駅から徒歩約5分
💡 グラナリー・スクエア側から南ファサードを眺めて、そのまま入れる範囲で内部のストリートに立ってみるのがおすすめです。
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